日本の中小企業は、地域経済を支える重要な存在です。しかし、近年ますます多くの中小企業が深刻な人手不足に悩まされています。求人広告を出しても応募が少なく、面接までたどり着ける候補者がなかなか見つからない。従業員の負担が増え、業務効率が低下する中で、企業の成長も停滞してしまうことがあります。
「なぜこれほど多くの中小企業が人手不足に悩んでいるのか?」まずはこの問いに答えることで、問題の根本に迫り、その解決策を見つけ出す手がかりとします。
中小企業の人手不足の現状データ
日本の中小企業が抱える人手不足の問題は、年々深刻さを増しています。経済の基盤を支える中小企業が、いかにしてこの課題に立ち向かっているのか、具体的なデータをもとにその現状と対応策を探ります。データが示す現実を通して、中小企業の未来を共に考えてみましょう。
中小企業の求人倍率の高さ
リクルートワークス研究上が発表している新卒の従業員規模別求人倍率のデータでは、従業員規模が300名未満の企業の求人倍率は2024年で6.19倍と非常に高い、逆に5000人以上の大手企業では0.41倍と買い手市場になっている。多くの学生たちがこぞって大手企業を目指しており、中小企業は人材確保が非常に厳しくなっている。
●従業員規模別 求人倍率の推移データ
データから見た中小企業の人手不足状況
日本商工会議所ならびに東京商工会議所(小林健会頭)が実施した調査によると、企業の65.6%が人手不足に悩んでいることが明らかになりました。これは、3社に2社が人手不足の厳しい状況にあることを示しています。
業種別に見ると、最も深刻な人手不足を抱えているのは建設業で、その割合は78.9%に達しています。次いで運輸業が77.3%、介護・看護業が76.9%と続き、これらの業種ではほぼ8割の企業が人手不足を感じています。一方、製造業は57.8%で、他の業種に比べて若干低いものの、約6割の企業が人手不足を訴えており、あらゆる業種で人手不足が広がっていることが伺えます。
人手不足への対応策として、デジタル技術や機械、ロボットの活用に取り組んでいる企業は全体の26.6%にとどまっています。3割に満たない企業がこれらの対策を実施していることから、デジタル化や機械化の導入がまだ進んでいない現状が浮き彫りになっています。
調査項目 | 結果 |
---|---|
人手が「不足している」と回答した企業 | 65.6% |
業種別の人手不足状況 | |
– 建設業 | 78.9% |
– 運輸業 | 77.3% |
– 介護・看護業 | 76.9% |
– 製造業 | 57.8% |
デジタル・機械・ロボットの活用 | 26.6% |
この調査結果から、中小企業の多くが人手不足に直面していること、そして対策としてデジタル技術の導入が十分に進んでいないことが明らかになりました。これからの課題として、デジタル化の推進や労働環境の改善が求められています。
中小企業の人材不足はなぜ起こるのか
中小企業が人材不足に悩まされる現状は、単なる偶然ではありません。多くの中小企業が直面しているこの問題は、経済的、社会的、そして地域的な要因が複雑に絡み合った結果として生じています。本記事では、これらの要因を詳細に解説し、中小企業が直面する具体的な課題について深掘りしていきます。
経済的要因
中小企業の人手不足の背景には、経済的な要因が大きく影響しています。大企業と比較して、収益基盤や給与面での競争力が低い中小企業は、求職者に対して十分な魅力を提供するのが難しい状況です。以下に、具体的な経済的要因について説明します。
賃金の競争力不足
中小企業は大企業に比べて収益基盤が脆弱であり、給与や賞与の面で競争力を持つのが難しいです。たとえば、大企業は高い基本給や豊富なボーナスを提供できますが、中小企業は限られた予算内で従業員を雇わなければなりません。結果として、求職者は給与が高く安定している大企業を選びがちです。
福利厚生や労働環境の差
大企業は社員寮や健康保険、育児支援、社員食堂など、充実した福利厚生を提供できます。一方で、中小企業はこれらのコストを賄うのが難しく、従業員に対して魅力的な労働環境を提供するのが難しい状況です。
社会的要因
社会的な変化も中小企業の人手不足を助長しています。少子高齢化や若年層の志向の変化など、社会全体の動向が中小企業の労働力確保に大きな影響を及ぼしています。具体的な社会的要因について見ていきましょう。
少子高齢化の進行
日本全体で少子高齢化が進行し、労働人口が減少しています。特に若年層の労働力は減少傾向にあり、新規採用が困難になっています。厚生労働省のデータによると、労働力人口は2030年には約600万人減少すると予測されており、特に中小企業にとっては厳しい現実です。
若者の中小企業への関心の低下
若年層は安定性やキャリアパスを重視する傾向が強く、企業規模が大きいほど魅力的に映ります。大企業のネームバリューや安定性に惹かれ、中小企業への応募が減少しています。また、大学卒業生の多くは大都市での就職を希望するため、地方の中小企業は特に人手不足に陥りやすいです。
地域的要因
地域的な要因も中小企業の人手不足を引き起こす大きな要因の一つです。都市部と地方の雇用機会の格差や地方の過疎化問題など、地域特有の問題が中小企業にとって大きな課題となっています。以下に、具体的な地域的要因について説明します。
都市部と地方の雇用機会の格差
都市部では多くの雇用機会が集中している一方、地方ではその数が限られています。都市部の中小企業はまだしも、地方に位置する中小企業はさらに深刻な人手不足に直面しています。例えば、東京都や大阪府といった大都市圏では求人が多くありますが、地方都市や過疎地では求人自体が少なく、求職者も少ないのが現状です。
地方の過疎化問題
地方の過疎化が進む中で、若者が都市部へ流出し、地方の中小企業は労働力を確保するのが一層難しくなっています。地方では人口減少が顕著であり、地元での就職希望者が減少する一方、都市部への流出が続いています。例えば、青森県や秋田県など、地方の人口減少率が高い地域では、特にこの傾向が顕著です。
広報不足
人手不足の問題は、中小企業が自社を効果的にPRできていないことにも大きく起因しています。大企業と異なり、中小企業は限られたリソースで広報活動を行わなければならず、その結果、求職者に対する訴求力が弱くなってしまいます。
PRの効果的な活用不足
中小企業は大企業に比べて広報活動が効果的に行われていない場合が多いです。自社の魅力や強みを十分に伝えきれず、求職者に対する訴求力が弱いことが、人手不足の一因となっています。例えば、SNSの活用やオンライン広告の最適化が十分に行われておらず、結果として求人情報が埋もれてしまうことがあります。
ブランド認知度の低さ
中小企業は大企業に比べてブランド認知度が低く、その存在自体が求職者に知られていないことが多いです。知名度が低いために、求職者の目に留まらず、応募が少ないという問題が発生します。効果的なブランディングやマーケティング戦略の不足が原因です。
人手不足による影響とは
人手不足は中小企業にさまざまな影響を及ぼします。業務の効率化や企業の成長、サービス品質など、幅広い面での課題が生じます。以下に具体的な影響を見ていきましょう。
業務効率の低下
人手不足が続くと、既存の従業員にかかる負担が増加します。この結果、従業員は長時間労働を余儀なくされ、疲弊してしまいます。過労やストレスが蓄積することで、従業員のモチベーションは低下し、仕事の質や生産性も下がります。
さらに、必要な人数が確保できないために、業務プロセスがスムーズに進行しなくなります。これにより、納期の遅延やプロジェクトの進行の遅れが発生し、顧客満足度にも悪影響を与えます。
企業の成長機会の損失
新規事業やプロジェクトの実行にはリソースが必要ですが、人手不足のためにそれらを確保することが難しくなります。このため、計画していた成長戦略が遅延し、競争力の低下を招くことになります。さらに、人手不足が続くと、従業員は日常業務に追われ、新しいアイデアやイノベーションの創出に時間を割く余裕がなくなります。これにより、企業の競争力が低下し、市場での存在感が薄れてしまうことがあります。
サービス品質の低下
人手不足は顧客対応にも影響を及ぼします。例えば、顧客対応が遅れがちになり、クレーム対応やサポートの質が低下します。これにより、顧客満足度が下がり、リピーターの減少や口コミ評価の低下を招くことになります。
また、作業の効率化が難しい中で品質管理が疎かになる場合があります。これにより、製品やサービスの品質が低下し、顧客からの信頼を失う可能性があります。長期的には、ブランドの評判に悪影響を及ぼし、売上の減少につながります。
組織文化の悪化
人手不足が続くと、既存の従業員の負担が増え、ストレスや不満が蓄積します。これにより、職場の雰囲気が悪化し、従業員同士の関係もギクシャクすることがあります。
また、負担の増加や職場環境の悪化により、従業員が辞めてしまうことが増えます。これにより、更なる人手不足が生じ、悪循環に陥ることがあります。
人材不足を解決する方法とは
中小企業が人手不足を解消し、持続的な成長を遂げるためには、さまざまな戦略を講じる必要があります。ここでは、具体的な解決策をいくつか紹介します。
採用活動の強化
まず、採用活動の強化が重要です。求人広告の工夫を通じて、企業の魅力を求職者に効果的に伝えることができます。例えば、専用のランディングページ(LP)を作成し、企業のビジョンや働きやすさをアピールします。さらに、リスティング広告を活用し、検索エンジンで特定の層に向けた広告を配信することで、効率的に求職者を引きつけることが可能です。
特に地方での人材不足を解決するためには求人媒体のような比較されやすい方法ではなく、求人媒体に依存しない、つまり比較がされにくく自社をより魅力てkにPRする方法がおすすめです。
従業員の定着と満足度向上
次に、従業員の定着と満足度を向上させるための施策が必要です。福利厚生の充実がその一例です。例えば、フレックスタイム制度やリモートワークの導入により、従業員が柔軟に働ける環境を提供します。
また、研修制度やキャリアパスの整備も重要です。定期的な研修やキャリアアップの機会を提供することで、従業員が成長を実感できるようにします。これにより、従業員のモチベーションが向上し、定着率が高まります。
技術の活用
技術の活用も効果的な解決策の一つです。例えば、AIや自動化ツールを導入することで、採用プロセスの一部を自動化し、効率を向上させることができます。
さらに、オンラインプラットフォームの活用により、リモートワークを可能にするためのツールや、オンラインでの業務管理ツールを導入します。これにより、物理的な制約を超えて、多様な人材を活用することができます。
外部リソースの活用
最後に、外部リソースを活用することも有効です。例えば、派遣社員やフリーランスを活用することで、短期的なプロジェクトや専門スキルが必要な業務に対応できます。
また、外部コンサルタントを導入することで、採用戦略や業務効率化のアドバイスを受けることができます。専門家の知見を活用することで、自社の課題を効果的に解決することが可能です。
中小企業の人手不足解消事例
経済産業省の中小企業・小規模事業者の人手不足対応研究会で中小企業・小規模事業者の人手不足対応事例集がだされています。取り組み内容や仕組み、取組前後の効果も掲載されていますので、興味がある方は是非参考にしてください。
掲載されている企業の取り組みを一部ご紹介します。
株式会社いせん(越後湯澤HATAGO井仙):人材確保事例
所在地:新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢2455
創業:1952年
資本金:1,000万円
従業員数:32人
事業概要:旅館業
取り組むきっかけ
慢性的な人手不足に直面する中、従業員が無理なく働ける環境を整えることが急務となりました。同時に、「旅籠三輪書」として掲げる企業理念に基づき、お客様の満足、従業員の生きがい、地域の発展を実現するための具体的な対策が必要でした。
取り組み内容と仕組み
- 業務の見直しと多能工化の推進:業務負担を軽減するために仕事内容を見直し、旅館業以外にも飲食業、物販業、旅行業、製造業など様々な事業を展開し、多能工化を推進しました。これにより、従業員は事業の枠を超えて多様な働き方や勤務体系を選べるようになりました。
- 充実した教育プログラム:「組織力向上研修」、「リーダー研修」、「メンター制度」などの社員教育を充実させ、キャリアアッププログラムを導入。従業員が興味ある分野を伸ばし、新たな分野に興味を持つ機会を提供しました。
- 地域への貢献:湯沢地域全体の活性化を重視し、旅館を「地域のショールーム」と位置づけ、地域で取れる素材や商品をお客様に提供。また、雪国観光圏の産業を支援し、地域に住む若者の活躍の場を増やしました。
取組後の効果
- 売上と従業員数の増加:10年間で売上と従業員数は3倍に成長しました。
- 働き方の選択肢が広がる:多能工化の推進により、従業員は自分に合った働き方や勤務体系を選べるようになり、働きやすい環境が整いました。
株式会社いせんの取り組みは、従業員の働きやすさを追求しつつ、地域にも貢献することで、企業としての成長を実現しています。
エーゼロ株式会社:人材確保事例
所在地:岡山県英田郡西粟倉村大字影石895
設立:2015年
資本金:40万円
従業員数:9人
事業概要:サービス、建築・不動産、農林水産業
取り組むきっかけ
創業以来、急成長を続けるエーゼロ株式会社では、社内の体制整備や経営基盤の整理が急務となりました。トップと各現場とのコミュニケーション不足が課題となり、これを解決するためには「経営の要」となる中核人材が必要でした。しかし、既存の人材は業務で手いっぱいで、新たな成長を支える人材が不在の状況でした。
取り組み内容と仕組み
- 事業と人材像の整理:成長している事業の現状や自社が目指すビジョンを整理し、株式会社日本人材機構等の外部と対話しながら、必要な人材像を明確化しました。
- WEBやSNSでの情報発信:求人情報をWEBやSNSで発信し、整理した要件を魅力的に伝えるよう工夫しました。特に、経営者自身のSNSアカウントを活用して情報発信を行い、中小企業庁主催のマッチングイベントにも参加しました。
- マネージャークラスの人材確保:明確化した人材像に基づき求人を行った結果、マーケティングを担当するマネジメント人材と、農林水産業のマネジメントを担当する人材をそれぞれ1名ずつ確保しました。
取組後の効果
- 社長の負担軽減:マーケティング担当者の採用により、社長の業務負担が軽減し、経営の相談相手としても貴重な存在となりました。
- 組織の安定と成長:必要な人材を確保することで、社内の体制整備が進み、経営基盤の強化が図られました。
エーゼロ株式会社の取り組みは、急成長を支えるために必要な人材を確保し、組織の安定とさらなる成長を実現しています。
株式会社オハラ:人手不足解消事例
所在地:石川県金沢市柳橋町甲14-1
創業:1959年
資本金:8,000万円
従業員数:80人
事業概要:食品製造業(農産物加工品等)
取り組むきっかけ
株式会社オハラでは、さつま芋加工などの期間限定の仕事に対応するための作業員確保に苦労していました。また、商品の需要拡大に伴い、工場の稼働時間を延ばして増産を図りたかったのですが、ハローワークや求人誌での募集では応募がありませんでした。
取り組み内容と仕組み
- 高齢者に届く新聞チラシによる求人:高齢者を活用している友人経営者の助言を受け、高齢者が注目しやすい新聞チラシで求人を行いました。特に「60歳以上限定」という求人チラシを新聞に折り込んだところ、多数の応募がありました。また、新聞に取り組みの記事を書いてもらうことで相乗効果を狙いました。
- 朝の短時間勤務制度:午前5時から午前9時30分までの朝の短時間勤務制度を導入しました。この時間帯は高齢者にとって勤務しやすく、短時間で負担の少ない体制を構築しました。
取組後の効果
- 工場稼働時間の延長と増産:労働意欲の高い高齢者が集まり、工場稼働時間を延ばすことができました。その結果、増産を実現しました。
- 高齢者の模範的役割:高齢者は早朝勤務を厭わず、遅刻や欠勤もありませんでした。さらに、同社では社員が互いに感謝を伝え合う文化があり、早朝から働く高齢者は「達人」と呼ばれ、若い社員の模範となっています。
株式会社オハラの取り組みは、高齢者の労働力を活用することで、工場の稼働時間を延ばし、増産を実現するとともに、社内の活性化にもつながっています。